「不登校はずるい」と言われたら|その言葉が出てくる背景と、親の受け止め方

「不登校はずるい」。

子どもが友達やきょうだいから言われた、親戚や周りの大人から言われた、そして家で過ごす子どもの姿を見て、自分でも一瞬そう思ってしまった。

どの形でも、この言葉は家庭の中に長く残ります。

この記事では、なぜ「ずるい」という言葉が出てくるのか、その背景と、言われたときの受け止め方を整理します。

1.「ずるい」という言葉が出てくる場面

「ずるい」という言葉は、いろいろな立場から出てきます。

きょうだいから

毎朝学校へ通っているきょうだいから見ると、家で過ごす姿は「休めていいな」「自分だけ我慢している」と映ることがあります。

同級生や友達から

学校で顔を合わせる機会が減る中で、悪気なく、あるいは不満のはけ口として言葉になることがあります。

周囲の大人から

親戚や他の保護者など、事情をよく知らない大人から、心配のつもりで、あるいは何気なく言われることもあります。

親自身の心の中で

家でゲームをしたり、元気に笑ったりしている姿を見ると、「本当にしんどいのかな」と一瞬思ってしまい、その自分に自己嫌悪を感じる。そんな経験をした親は少なくありません。

2.行けない子どもの側で起きていること

学校に行けない子どもの多くは、「行きたくないから行かない」のではなく、「本当は行きたいのに行けない」という葛藤の中にいます。

家で元気に見えることと、学校に行けることは、別のことです。

家は安心できる場所だからこそ元気でいられるのであって、その姿だけでは、学校に向かう場面での心や体の状態は分かりません。

文部科学省の調査(令和6年度)

そして「ずるい」という言葉は、子どもにとっては「自分は怠けているんだ」という受け止めにつながりやすく、また学校へ向かおうとする気持ちを止めてしまうことがあります。

3.「ずるい」と感じる側の気持ちについて

一方で、「ずるい」と感じる側の気持ちも、間違いとは言い切れません。

毎日通っているきょうだいが不公平に感じるのは自然なことです。

その子も、その子なりに頑張って学校生活を送っています。

周囲の大人も、見えている部分だけで判断してしまっている場合が多くあります。

行けない子どものしんどさと、通っている子どもの頑張りは、どちらも本物です。

家庭の中では、どちらか一方を「間違い」としないことが、結果的に両方の子どもを守ることにつながります。

4.言われたとき、親ができること

子どもに対して

「ずるくない」と説得するより、まず本人の気持ちを受け止めることです。

「行きたくても行けないのは、ずるいとは違うよ」と、本人のしんどさを言葉にして伝えるだけでも、子どもの受け止め方は変わります。

家

きょうだいに対して

不公平に思う気持ちを否定しないことです。

きょうだいの頑張りを認めたうえで、行けない側の事情を年齢に応じて伝えます。

きょうだいそれぞれの楽しみや時間も、できる範囲で確保してあげたいところです。

めがね

周囲の大人に対して

事情のすべてを説明する必要はありません。

「今は心と体を休めているところです」のような短い返しで十分な場合もあります。

理解してもらうために争うことが、必ずしも子どもや家庭のためになるとは限りません。

5.まとめ

「ずるい」という言葉は、見えている姿と、実際のしんどさのギャップから生まれやすい言葉です。

学校に行けない子どもの多くは葛藤の中にいて、通っている子どもや周囲にも、それぞれの気持ちがあります。

言われた言葉に家庭が振り回されすぎないよう、子どもの側で起きていることを知り、きょうだいや周囲への伝え方を持っておくことが助けになります。

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参考・出典

※最新の情報については、文部科学省、各自治体、学校・教育委員会等の公式情報をご確認ください。